香福寺

(伊那市高遠町的場)

 香福寺の由来(『上伊那町村誌』による)
 法相三論二宗兼學、村の申の方にあり。天平17乙酉年僧亮戎開基創建、弘仁14年真言宗を正宗とし玉ふにより、是より医王山三學院香福寺と称し、天正10年織田氏兵乱に遇ひ焼亡す。其再建年暦不詳、元和度、東高遠町樹林寺の末寺となる。又文政4年巳年焼失僧本嶺三建す。世代年暦等不詳地中堂三ケ所あり、薬師堂、太子堂、咳ノ地藏堂是なり。

香福寺薬師堂
 
太子堂
咳の地蔵堂内
 
石仏群
     
 玉宮  弘法大師像  不動明王立像