藤之宮(元 長藤国民学校奉安殿)

 「奉安殿」というのは、『日本大百科全書』の解説によると、以下のようになる。
 学校に下賜された「御真影」や教育勅語など勅語類を安置する建物。天皇・皇后の写真である
「御真影」と勅語の諸学校への下賜は1890年(明治23)に始まるが、その下賜数がしだいに増加
するとともにその管理規定も厳重となり、管理の不行き届きは学校長などの重大な責任問題とさ
れるに至った。「御真影」などは当初校舎内の奉安所に安置されていたが、学校の火事に際して
「御真影」を守って焼死する校長などが相次ぐなかで、校舎から離れた地点に堅固な奉安殿を建
設し、「御真影」などを安置することが大正期から始まった。奉安殿の建設は1935年(昭和10)以
降全国的に実施され、「御真影」はますます神格視された。敗戦後、「御真影」は焼却され奉安殿
は取り壊された。[赤澤史朗]
 長藤小学校(長藤国民学校)では、「奉安殿」を取り壊さず、御堂垣外の諏訪社境内の片隅の
目立たない場所に移築し、名前も改めて「藤之宮」とした。

 
藤之宮(元 長藤国民学校「奉安殿」)
 
奉安殿の内部 内扉上の桟に菊の紋がある